お疲れサーマント

黄巾族さん向けに書いています

好奇心 リゲイン

ここ何か月かで生活スタイルが子供返りしたけれども

 

子供のような好奇心が戻ってきたわけではない。

 

[むかし]

子供のころは無類の虫好きともいうべき少年で

 

図鑑を片手に野山を駆けずり回っていた。

 

森のあらゆるものに興味があったし、

 

虫かごに悉くを押し込んで連れて帰るのが当たり前だった。

 

石という石をひっくり返し

 

落ち葉を掻き分け

 

クヌギにフロント・ハイキックをお見舞いしていた。(クヌギを蹴ると虫が落ちてくることがある)

 

 

ムシキングも好きだった。

 

ムシキングではオオゴンオニクワガタをよく使っていた。

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特別の愛があってオウゴンオニクワガタを使っていたかと言われるとそうではない。

 

私の前の人が強さ200の虫を引き当てることが異常に多かったため、持っていなかったのだ。

 

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(いま急いでるから前譲ってくれない?ニキ)

「いま急いでるから、順番譲ってくれない?」と言われたことも何回かあり、

 

譲った人がヘラクレス・リッキーブルーやギラファノコギリクワガタなどを引き当て満足そうに帰っていったこともそのうちの大半を占める。

 

「へへっ!ごめんな!」と言って去るニキの嬉しそうな嬉しそうな顔。

 

子供ながらに忘れられない無情。

 

文章に起こしてみるとムシキングが嫌いになりそうである。

 

 

[昆虫人間]

 

虫好きの要素は、やがて草花への興味にも伸びていき

 

森のことならなんでも知りたいという気持ちが強くなっていった。

 

土で手が汚れるのも、枝に引っかかってケガするのも嫌でなかった。

 

 

道端に生きている草花に興味を示さなくなったのは

 

他の面白いことを見つけたからではない。

 

それら雑草は自然と見えなくなっていったけれど、

 

ここ何日かは彼らに目が行った。

 

 

「今」は特別に許された猶予のような時間であるから

 

昔のように、なんでもない雑草をじっくり観察してみようと思ったのだ。

 

草花を観察するのは楽しかったが、同時に彼らからすぐ意識が逸れてしまうことにもどかしさを覚える。

 

雑草に時間を浪費することが無益だと、心の裡で思っているのだろうか。

 

そも、昔の自分にとってこれらは雑草ではなく、名前の付いた植物であった。

 

いつまで覚えていたかももう分からない。

 

 

私はなあなあと過ごしていく生活に焦燥感を覚えた。

 

自分の興味はどこにあるのか探したい。

 

野菜を育て始めた訳のひとつである。