お疲れサーマント

黄巾族さん向けに書いています

やまい

 歯ブラシという名前にはどうにも違和感を覚える。

 

朝起きた後、夜寝る前に口内の掃除をすることを総じて「歯磨き」というが、それにもなんらか心の引っかかりを感じる。

 

こういうものを綺麗にしてくれるのがブラシの本懐である。

 

  生まれてこの方、口内を掃除することには命を懸けてきた。

 

夜寝る前の歯磨きを欠かしたことはない。

 

幼少の頃は自分で満足のいくまでブドウ味のキャラクター歯磨き粉をブラシに乗せ、仕上げはお母さんに委ねた。

 

その甲斐があって、学校の歯科検診ではよく褒めることがあった。

 

「かじきくんはいつもちゃんと歯を磨けてて偉いね!」

 

「そうなんだ。ご飯を30回以上噛むし、歯も毎日ちゃんと磨いているんだ。」

 

私は愛想の良い子だった。

 

その頃私は歯磨きに関する発明を完成させていて、周囲に対する最大の秘密事であったのは間違いない。

 

学校の友人たちは、誰々が誰々を好きだの、何のゲームが面白いかという話題で持ちきりであったが、少年の頭の中は歯磨きのことでいっぱいだった。

 

 

ある日、私が電車に乗っていると窓のことが気にかかった。

 

流れていく景色に興味が向くのは昔からの特性であった。

 

窓の外には病院とファミレスのマークと、色々な看板に溢れていて読める漢字と読めない漢字とがあった。

 

読める漢字を探すのは楽しかったが、難しい漢字が目に入るとムキになって別な看板を探すのに夢中になっていた。

 

突然轟音を立てて窓がけたたましく打ち付けられたかと思うと、一瞬で銀色の何かが通り過ぎていった。

 

しばらく何が起こったのか思案していると、別の線路を走っていた電車とすれちがったということに思い当たった。

 

少年のあたまには、モノとモノがすれちがうと凄いことが起こるという理解だけが為されたが、歯磨きの真理にはそれだけで足りうるのである。

 

この気づきを境に私の歯磨きは高みに手をかけることになった。

 

つまり、私は首を左右に振りながら歯磨きをするようになった。

 

以前と同じだけきれいにしたいのであれば時間が短く、以前よりきれいにしたいのであれば同じ時間だけ歯を磨いた。

 

続かない