お疲れサーマント

黄巾族さん向けに書いています

一月十三日

 健康な日は、昨日一日で終わった。確固たる決意もどこ吹く風、今朝は10時ごろに目を覚ました。今晩こそは、「健康への道」の遅れを取り戻すために、健康な時間に寝てみせる。早寝をし、然るべき早起きをしようと考えている。しかし、物事の根底には(とりわけやらない人に多い理由で)モチベーションが大きく関わっている。早起きには早起きの為のモチベーションが不可欠なのではなかろうか、そこに私の健康の鍵が握られているのではなかろうか、と思い付く。気になるともう眠れなくて今夜も夜更かしをしてしまう。

 

 目標を成し遂げるときに、その原動力となるのはご褒美であったり、行為に対するメリットであったり、十人十色のモチベーションがあるのだろう。私の場合、早起きをメリットが、「ねむい」「さむい」「まぶしい」の三重苦を上回るかどうか。これに懸かっている。例えば、朝食が毎日ステーキや海鮮丼であれば、早起き出来るかと言われると、実に悩ましい。初めのうちは匂いに釣られて起きる自信があるが、一週間も経たないうちにそれらの魅力が半減する未来は想像に難くない。

 

次に早起きそのもののメリットに目を向けてみると、時間の有効活用に興味を惹かれる。いわゆる成功者(私にはこの意味が未だに不明瞭。偉人の定義も然り)を自称する方々の発信する情報によると、早起きは三文の徳があーだこーだ、科学的根拠も確りしていて、とてもイイ感じらしい。ただ、昨日は早めの起床を成功したのにかかわらず、数時間炬燵でのんべんだらりんと過ごしたことを告白したい。こういうぐうたらした精神性から、有意義な人生とかそういう次元にない気がしてきた。

 

 自分で折り合いをつけて、逃げ道を拵えているのが身に染みて分かる。死ぬまでに直したい悪癖の一つだ。

 

 はて、困ったと頭を悩ませていると、私が持つ唯一の特権に気が付いた。学生の身分であるので、私には出勤する必要が無い。出勤の時間に合わせて散歩をするのはどうだろうか。出勤の止むを得ない方々のトボトボした歩みを眺めることは、私の思いつく限り、最高に悪魔的な愉しみである。醜い心の持ち主に成ってしまったことを自覚するが、毎日の愉しみを繰り返すうち、習慣付くことを願いたい。少なくとも、将来遅刻することはなくなるだろうから。