お疲れサーマント

黄巾族さん向けに書いています

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 世界で新型コロナウイルスのワクチン供給をめぐる不均衡が生じている。

 

ワクチンを打ちたい人、信用しない人、安心したい人や億劫な人。色々な考えを意見を持った人がいて、それぞれ思惑のあることだろうと推察する。

 

東京オリンピックの開催に伴って行われる感染症対策としては、やはり現状でこれ以上無い、分かりやすい解決案であるのではないだろうか

 

 

 しかし私自身は、、、ワクチンが恐ろしい。

 

病気に対する効果や安全性に対する担保などの理屈を超えて、なお恐ろしい。

 

だってウイルスの頭文字はⅤから始まるのさ。Uとか、三歩譲ってWとか、やりようは他にもあったと思うのだけれど、Vからはじまってんだ。

 

 これはある種「未知との遭遇」というべきもので、「う」から始まる単語が実はVirusと書くことを初めて知った時、私は理解の範疇の外にある事柄に対しての根源的な恐怖が体中に立ち込めたのである。

 

体中悪寒がして、顔に尋常でない朱色がさした。その日はインフルだった。

 

 なぜウイルスという単語は、常識からかけ離れたスペルで表されるのだろうか。Virusの文字そのものに根源的な恐怖を刻み込もうとする何者かの意思であろうか。

 

なるほど私はこの単語の呪われたスペルを好意的に解釈しよう、その為に単語の製作者は頭文字をVにしたのかもしれない。

 

危険なモノを危険だと認識できるように。

 

我々が身を守るために、黄色と黒の縞模様には本能的な危機を感じられるのと同じように、意図してVirusを綴ったのかもしれない。

 

それがウイルスとよばれる存在がVirusと表記されることの、真理である。

 

私はそう確信する。

 

しかし、アメリカの番組をみて「ヴァイラス」と発音しているのをしってぼくはにほ

 

ちなみにワクチンの頭文字もV。

深淵覗いてる時は、大体向こうもこっち見てるってコト。