お疲れサーマント

黄巾族さん向けに書いています

猛暑猛省猛反発

台風がアツい空気を連れてきたので、東京は40度近くになった。

あついあついなーあーあつい。

しかし、世相はつめたい。

 

明日は少し早く出発しようと思う。

7時に家を出る。

ここで公に宣言したのは、周りに嘘を吐かないためだ。

一度言ったことは、もう、二度と撤回することは許されない。

同じ轍は踏めない。

しかし、公といっても暗い路地裏の壁に向かって言っているようなものだ。

そして意味は求めない。

明日は7時に家をでる。

嵐の後ろ髪をひく

ネイビーの空を白い雲がふちどり

まずは大きな黒い切れ間を示した

心は吸い込まれて

この空洞にすぽりと収まった

そして夜はみじかい

ぼくには弁別できない速度でくらやみは

黒いエイへと姿を変えたが

泳がずにいた

ひれも尾も動かさずに頭上へと流されていった

 

やがて五線譜を見つける

ゆったりとおだやかに海底でゆらめく

夜の音色に身を預けたのだ

エイの気持ちがわかる

 

しかし今はベランダにおり

蝉の声が聞こえて、電線を見ていた

汗をかいている

隣人の明かりもちらちらとぼくの意識を掠めとる

マルタ騎士団の失われた財宝

 オーギュスト・ヴィリエ・ド・リラダンという小説家がいる。彼は象徴主義(勿論この語で言い表せる程明快なものではない)を代表するフランス人作家で、『未来のイヴ』という作品にアンドロイドという語を初めて用いたことで知られている。

 

彼はフランスの名家の出であるのだが、尊属の散財によって赤貧に喘いで生きた。

 

特に父は、マルタ騎士団の財宝を探し求めて、フランスのサン=カンタン地方の土地を買いあさり、結果何も得られることなく財産を浪費したという。

 

この財宝はフランス革命中に埋められた、というソースのよう分からん話がWikipedia様に乗っており、興味が湧いた。

 

財宝の正体が何かについて調べたい。

 

が、図書館に行く程ではない。

 

 

続きを読む

90日以内に更新していないブログに表示しています

 世界で新型コロナウイルスのワクチン供給をめぐる不均衡が生じている。

 

ワクチンを打ちたい人、信用しない人、安心したい人や億劫な人。色々な考えを意見を持った人がいて、それぞれ思惑のあることだろうと推察する。

 

東京オリンピックの開催に伴って行われる感染症対策としては、やはり現状でこれ以上無い、分かりやすい解決案であるのではないだろうか

 

 

 しかし私自身は、、、ワクチンが恐ろしい。

 

病気に対する効果や安全性に対する担保などの理屈を超えて、なお恐ろしい。

 

だってウイルスの頭文字はⅤから始まるのさ。Uとか、三歩譲ってWとか、やりようは他にもあったと思うのだけれど、Vからはじまってんだ。

 

 これはある種「未知との遭遇」というべきもので、「う」から始まる単語が実はVirusと書くことを初めて知った時、私は理解の範疇の外にある事柄に対しての根源的な恐怖が体中に立ち込めたのである。

 

体中悪寒がして、顔に尋常でない朱色がさした。その日はインフルだった。

 

 なぜウイルスという単語は、常識からかけ離れたスペルで表されるのだろうか。Virusの文字そのものに根源的な恐怖を刻み込もうとする何者かの意思であろうか。

 

なるほど私はこの単語の呪われたスペルを好意的に解釈しよう、その為に単語の製作者は頭文字をVにしたのかもしれない。

 

危険なモノを危険だと認識できるように。

 

我々が身を守るために、黄色と黒の縞模様には本能的な危機を感じられるのと同じように、意図してVirusを綴ったのかもしれない。

 

それがウイルスとよばれる存在がVirusと表記されることの、真理である。

 

私はそう確信する。

 

しかし、アメリカの番組をみて「ヴァイラス」と発音しているのをしってぼくはにほ

 

ちなみにワクチンの頭文字もV。

深淵覗いてる時は、大体向こうもこっち見てるってコト。

四月かどうかに関わりなく

  四月一日の午前中だけは、嘘を吐いても良いというルールが罷り通っているので、「働きたくない」とは死んでも言えない。

 

 しかし、目先の苦痛に眼前を覆われている我々新社会人は、今日がエイプリルフールであることなんて、念頭にある筈もないでしょう。

 

 地獄の始まり、社会への隷属、万年平社員・・・

 

 様々、私を待ち受ける洗礼を想像すると、恰も体験してきたような光景が苦痛を伴って脳裡にフラッシュします。

 

 それこそ今が走馬灯を見ている最中なのではないか、と錯覚するほど・・・現実と虚構の区別がなくなるほどです。

 

 これはエイプリルフールの魔力によるものなのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

二十一年 三月二十八日

 文章を上手に書きたい、という願望があったとして。

 

 なにか伝えたいことが無くても良い。

 

 近頃はもう、頭の中がぐちゃぐちゃで、机の上もそれを投影したように物がとっちらかっている。

 

 財布

 

 『美味礼賛』の上巻(ブリア=サヴァラン)

 

 『心理学と錬金術』(ユング

 

 青いボールペンが五本

 

 ヒラメ釣りに使ったときの重り(100って書いてある)

 

 上から順番に、全て要るものである。

 

 特に、ヒラメ釣りの重りは、思い入れの強いものであることを、主張しておかなければならない。

 

 当時の私はヒラメ釣りの初心者であったから、右も左も分からぬまま漁船に乗り込んで、極寒の中で若干の後悔に打ちひしがれていた。

 

 右には私を釣りに誘った釣部釣男が座っており、彼の指南により伝説のフィッシャーマンへと成長する筈であったが、釣り糸の結び方だけを丁寧に教えるにとどまった。

 

 左には釣りに青春を捧げたまま大人になったような初老の男性が竿を構えている。

 

 雨に始まり雨に終わった今回の釣りは、歴史的な不漁であったらしい。

 

 左右はイライラが止まらず、貧乏揺すりをはじめ、船の上下運動と相まってある種独得の波動をうみだした。

 

 ハーバード大学の研究によると、この波動が魚を遠ざける原因の一つであるとしていて、釣り糸や重りから海中へと伝播していくものらしい。

 

 とにかく、そういう事情があって釣り糸を結ぶことしか出来ないフィッシャーマンが誕生した。

一月十五日

 学校へ行って、授業を受けて偶にサボって、帰りに馴染みの居酒屋に寄って、毎日楽しく過ごしておりました。

 

 それが今では駅前を散策するか、自転車を使っての遠出程度に留まる生活を送っています。それはそれで良いこともありますが。

 

 気分の落ち込みやすいのは時代柄でしょうから、しばらくは明るく快い日々を送ることに努めます。こればかりは意識していきなければいけません。

 

 日記を習慣付けようと毎日徒然なるままに、アウトプットを繰り返しております。また、ごく親しい友人宛の生存確認としてこれを書いているわけですが、そもそも彼の生存が確認出来ないことには、宇宙を身一つで彷徨うような寂寥感を拭えません。

 

 「日記」というのは、その日に起こったことを書くわけですが、毎日が毎日その友人に報告するような面白いことがあるなんて夢を見てはいけません。もし何気ないことでも、彼の笑いを誘いたいのであれば文章の上達を図るのがよいでしょう。もし何か面白いことを求めているのならば、止めどなく行動するのがよいでしょう。充実した様子を報告したいのであれば、予め明日の日記を書いておいて、その通りに行動するのがよいでしょう。

 

 敬愛する大人たちの言う「なんでもいいから試してみな」は、つまりこういう精神だと思うのです。